トヨタ流問題解決というと、「A3仕事術」という言葉が頭に浮かぶ人が多いと思います。
しかし、その本質が語られているものは少ないと思います。
このトヨタ流問題解決を長年実務で実践してきた私が、
誰も知らない本当の狙いをお教えします。
トヨタ流問題解決では、「問題の明確化〜対策実施、標準化」までを8ステップに
分けて実施し、それをA3の用紙1枚にまとめるのが特徴です。
入社以来、このトヨタ流問題解決を実務で実践し、また、全社への普及浸透を
推進する立場にもいた経験を活かして、わかりやすくその真髄をお伝えします。
1. 「A3用紙1枚にまとめる」ということの本当の狙い
トヨタ流問題解決において、「資料をA3用紙1枚にまとめる」ということには、
大きく言って3つの狙いがあります。
この狙いには深い意味があって、しかもそれを創業以来連綿と続けている
ことに凄みがあるのです。
その狙いとは
【第一の狙い】 人材育成
【第二の狙い】 組織能力向上
【第三の狙い】 意思決定のスピードアップ
これを全社員に浸透させるために、新入社員から階層別教育まで含めて、
全社教育に織り込んで全員が受講していることがすごいんです。
この狙いの深い意味について、これから詳しく述べていきます。
(1)【第一の狙い】 人材育成
①問題の本質をつかむ(抽象化)ということ
日常業務において、私たちは様々な形で問題に遭遇します。
製造関係なら、品質不具合の発生、設備故障、材料異常、顧客クレームなど
事務関係なら、伝票起票ミス、人事関連の諸問題、コンプライアンス問題など
実に多くの問題が日々発生し、私たちはその処理に忙殺されます。
ところが、それらの問題を冷静に分類してみると、実に95%が過去にも
同様の問題が起きているという統計データがあります。
それはどういうことかというと、過去に起こった問題の再発防止さえきちんと
できていれば、問題の発生そのものを95%減にできるということなんです。
それでは、なぜ再発防止がきちんとできていないのかということを考えると、
まさに、問題の本質がつかまえられていなくて、対策がその場限りの現象対策
になっているということだと思います。
すなわち、問題の本質をしっかりとつかみ、その本質部分に確実に届く対策
を実行することが非常に重要で、しかも、大きな問題ばかりでなく日常業務に
おける問題にも同様に本質対策を実施しなければならないということなんです。
これはマネージャー層も担当者も含めた全員に期待したい能力なので、
人材育成だと考えるわけです。
問題の本質とはどのようなことなのか、簡単な例を挙げて考えてみましょう。
・A課長とB君のやり取り
「B君、先日頼んだ品質不具合対策の件だが、成果はあったのか。」
「それが、いろいろ手は打ってみたのですが、なかなか成果には
結びつかなくて・・・・」
「そうか、それで不具合原因はわかったのか」
「はい、作業員の手順ミスです。」
「それはどうしてわかったんだい。」
「現場の上司がそう言っていました。」
「それでどんな手を打ったのかな。」
「作業手順を遵守することの大切さと作業手順の再教育を現場にして
もらいました。」
「その結果、作業手順を守れるようになったのかい。」
「それが、徐々に守れるようにはなったのですが、完璧にはまだ・・・・」
A課長はしばらく考えた後で
「ところで君は実際に現場に行って、その作業を見たことがあるのかい。
どうも君の話を聞いていると、誰々がこう言っていたとか、誰々に頼みましたとか、
現場の事実をつかまえていないのじゃないかな。
だから、いつまでたっても有効な手が打てないんじゃないかな。」
B君は図星を刺され、答えに窮する・・・。
皆さんはこの問題をどう捉えるでしょうか。
B君はA課長の指摘通り、現場には行かず、電話とメールで仕事をするタイプ
の人でした。この件も、B君は現場に電話をかけ、現場の上司から作業者の
手順ミスだということを聞くと、その作業者の再教育を依頼しただけでした。
そこで、A課長は同じ職場のC君にこの仕事を引き継いでもらうことにしました。
すると、C君はたちどころにこの問題を片付け、再発もしなくなり、完全に
この不具合がゼロになってしまいました。
A課長は驚いてC君に聞きました。
「C君、B君がなかなか片付けられなかったこの問題をどうやって片付けたんだい。」
「ああ、A課長、簡単でしたよ。
僕はすぐに現場に行って、上司の話を聞いたところ、作業者の手順ミスだと
言っていました。ここまでは、B君との引き継ぎから聞いた話と同じでしたが、
気になったので僕も1時間くらい作業者の動きを見ていたら、どうにもやりにくそうな
作業なんですね。そこで、作業が終わった後で作業者に直接聞いてみたら、
案の定、ミスが出たところの作業がやりにくいというんです。
そこで、技術員を呼んで、やりにくい作業を改善してもらったんです。
作業者は喜んでいましたよ。その後、現場の上司にも説明し、作業標準を
改訂してもらいました。だから、もう再発しません。」
後日、さらに調査をしてみると、その現場の上司は作業標準を一度作ってしまうと
作業者の声は聞かず、現場の作業を自分の目で確認することもせず、作業者には
ただ作業標準通りやれというだけの上司だったことがわかり、その上司にも注意を
与えたとのことでした。
この問題の本質は、単なる作業者の作業ミスではなく、その上司の業務マネジメント
の問題だったのです。
その後、その上司も自らの間違いに気づき、一度作った標準に対して、「本当に
守りやすい標準なのか」ということを常に考えるようになり、その過程で作業者の
意見もよく聞いて作業標準の見直しもきちんとされるので不良も出なくなり、
コミュニケーションも良くなって、明るい職場になったということです。
さて、皆さんいかがでしょうか。
B君とC君の仕事のやり方の違いは明らかですね。
C君は標準作業が守られていないとすると、守られていない理由があって、
その理由を明らかにしてその理由を排除しない限り、標準は守られないことを
知っているんです。
標準があって、不具合が出ているケースは次の2つしかありません。
1)標準を守っているのに不具合が出る
2)標準を守っていないから不具合が出る
1)の場合は
標準が間違っているので、直ちに標準を見直す必要がある
2)の場合は
イ)標準を知らない
ロ)標準を守りたくない(守る気がしない)
ここで、
イ)の場合は
教育訓練のやり直し
ロ)の場合は
なぜ標準を守りたくないのか個別ヒヤリングが必要、そん結果に応じて対策実施
また、
1)標準が間違っている場合はそれを受け入れた現場の上司の役割として
標準通り作業して良品ができているか常に管理する必要がありますが、それを
怠っていると判断できるので上司としての役割の遂行について注意を喚起する
必要があります。
2)標準を守っていない場合は、同じく現場の上司の役割として標準を守らせる
必要があり、それを怠っていると判断できるので、同じく、上司としての役割に
ついて注意を喚起する必要があります。
このように考えていくことが、本質をつかむということなのです。
②「鳥の目、虫の目」
「鳥の目、虫の目」とは、具体と抽象を自在に行ったり来たり出来る思考のこと
を言います。
ここで「抽象」とは、多くのものや事柄や具体的な概念から、それらの範囲の
全部に共通な属性を抜き出し、これを一般的な概念として捉えることです。
この「抽象」が問題解決においては、非常に重要な役割を果たします。
「鳥の目」とは、鳥のように高い空から全体を把握する抽象思考で「鳥瞰」
とも言います。
トヨタ流問題解決においては、第1ステップとしての「問題の明確化」を
するにあたって、「問題を定義する」ことが非常に重要です。
トヨタ流問題解決というと、3現主義で、現地に出向き、現場で、現実を
細かく観察することを非常に重視していることは広く知られていますが、
「鳥の目」で物事全体を「鳥瞰」し、あるべき姿を抽象して捉えることも同様に
重要視していることはあまり知られていません。
しかし、この「鳥の目」があるからこそ、トヨタ流問題解決が常に会社方針
などの上位方針ともリンクし、人材育成につながっている秘訣と言っても
過言ではありません。
また、「虫の目」とは、現実の細かい部分まで詳しく見る具体思考のことで、
「鳥の目」の抽象思考と対をなすものです。
この「虫の目」は世間でもよく知られているように、トヨタ流問題解決でも
非常に得意な分野であると同時に重要な部分でもあります。
たとえば、品質不具合対策を考える場合でも、「鳥の目」の視点では、
品質不具合をなくしたいということの本当の目的はなんだろう、お客様
が当社の製品やサービスを安心して使っていただくということであれば、
品質不具合の中でお客様の安心を損ねている事柄はなんだろう、と考えて
いくと、品質不具合のどんな状態をどう変えれば良いのかという戦略の
糸口が見つかります。
ここで、品質不具合の基準の定義について考えると、品質不具合の基準は
作り手であるメーカー側がお客様の立場を斟酌してお客様に安心して使って
いただくためには、この品質項目はこの基準にすべきであるというように
メーカー側が一方的に決めているだけであって、お客様がその基準決定に
関与しているわけではありません。
その品質基準について、お客様は気に入らなければ、その製品やサービスを
購入しないという行動に出るだけなのです。
したがって、お客様に安心して製品やサービスを購入して使っていただくために
品質不具合を解決していくことは、メーカー側にのみ課せられた責任なのです。
そうした理由から、私たちが品質不具合対策を考える場合、まずお客様の
立場に立ち、品質不具合のどんな状態をどう変えれば良いのかということを
よく考えて上で、問題を定義し、「虫の目」で現実を観察し、原因を究明して
いくことが肝要となります。
次に、「虫の目」で不具合を発生させている状態の原因を現地・現物・現実の
視点で詳しく観察・分析し、対策案を立案し、効果を予測します。
そして、もう一度、「鳥の目」に戻って、その対策案と予測効果で、目的とする
お客様の安心度が狙い通り向上するのかどうかを検討します。
このように、「鳥の目」、「虫の目」を使い分けて、自在に視点を変えて大局的
視点と局所的視点を行ったり来たりすることで、「実行可能かつ有効な戦略・
手段」を考え出すことができるのです。
ここで、重要なことは、人間の脳は細かいことに飛びつく癖があるので、
「虫の目」で局所的に見ることは特に苦労することなくできるのですが、
「鳥の目」で大局的に見ることを自然にできる人は極めて少ないということです。
しかも、二つの目を自在に使い分けるということは極めて困難なことですが、
訓練によって可能になるのです。
トヨタ流問題解決では、これを全社員対象に実施するので、強力な企業体質
基盤強化のための人材育成が可能になっているのです。
(2)【第二の狙い】 組織能力向上
①上司と部下の信頼度向上
組織能力を発揮する上で重要な要素の一つが、上司と部下の信頼度である
ことは間違いありません、
会社目標を達成するために素晴らしい組織を作り、適切な組織人事をした
としても、実際に仕事をするのは「人」であり、その「人」を有機的に結びつけ、
円滑に仕事を進めるためには、お互いの信頼関係が不可欠であることは
言うまでもありません。
その信頼関係の最もベーシックな部分が上司と部下の信頼関係なのです。
上司と部下の信頼度において、何よりも重要なことは、上司と部下が仕事で
関わる部分において信頼があるかどうかです。
普段の仕事では信頼できないのに、仕事が終わってからの飲み会などで
信頼度が増したということはまずありえません。
なぜならば、仕事の場面で付き合っている時間と仕事以外で付き合って
いる時間とでは、圧倒的に仕事の場面の時間の方が長いからです。
したがって、上司と部下の信頼度向上は仕事の場面でなされるべきです。
それでは、上司と部下の信頼度向上と「資料をA3用紙1枚にまとめる」ことが
どのように関連しているかというと、最初に述べたように、トヨタ流問題解決では
「問題の明確化〜対策実施、標準化」までを8ステップに分けて実施し、それを
A3用紙1枚にまとめる過程において、上司と部下の信頼度が徐々に高まって
いく仕掛けがあるのです。
実はこのことも今まであまり語られていません。
次の図1で示すのが、トヨタ流問題解決における8ステップを示したものです。
これはトヨタではTBP(トヨタビジネスプラクティス)と呼ばれています。
図1.トヨタ流問題解決の8ステップ
そして、次の図2に示すのが、その8ステップをA3用紙1枚にまとめるときの
フレームワークです。
図2.トヨタ流問題解決 A3資料のフレームワーク
図2を見ていただくとお分かりになると思いますが、1枚の紙に全ての
ストーリーが書かれているということは、まず「鳥の目」で鳥瞰し、全体の
概要を把握します。次に、「虫の目」で細部について深く考えます。
そして、再び「鳥の目」で全体のストーリーの中でその部分を見返すという
ことが滑らかにできるわけです。
ところが、これが簡単なようで意外に難しいのです。特に、ステップ1の問題の
明確化の部分では、経験の深い上司の存在が重要になってきます。
たとえば、あなたがタイトルとして「品質不良の低減」と書いたとします。
すると、上司は「この品質不良って何かな?何のために品質不良を低減
したいのかな?今はとりあえず、これで進めるとして、だんだん問題が
はっきりしてきたら、もっといいタイトルを思いつくかもしれないね。」と
おそらく言うでしょう。要するに「このタイトルはダメ。問題を明確に捉えて
いない。」ということなのですが、上司はあなた自身に考えさせるために、
あえて答えは言いません。
あなたは、「自分は本当に何をしたいのだろう?」と自問して、「品質不良
による修正工数低減」とタイトルを書き換えたとします。上司は依然として
「いい」とも「悪い」とも言いません。「それもあるかも知れないが、もう少し
問題をよく見て、考えながら、先へ進んでみようか。」
あなたは考えます。品質不良によって、誰が、どんなことで、どれだけ困って
いるか・・・・本当のところをよく調べなければわからないと気づきます。
このようにして、A3資料のフォーマットの箱を一つずつ埋めながら、上司
に相談してはまた考えて修正し、・・・というキャッチボールを繰り返すうちに
思考がだんだん深まっていき、自分が何をわかっていないのか、それぞれの
箱の段階ではっきりわかるようになってきます。
こういう作業を繰り返しながら、A3資料を仕上げていく過程において、
あなたは、決して答えをすぐに言わずにあなたが理解するまで辛抱強く
待ってくれる上司、困った時には的確にアドバイスしてくれる上司と接して
いるうちに、いつの間にか上司への信頼感が生まれてくることを実感する
と思います。
これがA3資料作成という仕事の場面を通して醸成されていく、上司と
部下の信頼度向上の一つのケースです。
②戦略・戦術の共有と実行可能な組織能力確保
A3資料を仕上げていくことによって、今までに述べてきたように一人ひとり
の思考がまず深まっていきます。
それらの深まった思考プロセスがA3資料の形で組織に蓄積されていきます。
このA3資料に書かれているのは、まさに戦略であり戦術であるわけです。
このA3資料を組織の中で共有できれば、あなたの思考プロセスを他の人も
知ることができるし、あなたも他の人の思考プロセスを共有することができます。
このようにして、一人ひとりの戦略・戦術がA3資料を通して組織の中に蓄積され
理解され、共有されていくわけです。
そして、このA3資料に書かれていることは、本人と上司が深く考え、実行し、
評価・反省し標準化した内容であるということは、言い換えると、この類の内容
はすでに誰かが実行しており、共有された戦略・戦術を実行可能な組織能力を
すでに有しているとも言えるのです。
一人ひとりの力を最大限に引き出して組織として活かすということは、組織
能力構築のマネジメントとして非常に重要なことであり、このA3資料の適切な
運用を通してそのことが可能になっていくのです。
(3)【第三の狙い】 意思決定のスピードアップ
①無駄を徹底的に削ぎ落とした文書
私たちの仕事というのは、プロセスフローチャートを書いてみれば一目瞭然
ですが、意思決定の連続によって成り立っています。
その意思決定をするにあたって必要とする情報量は本来膨大なものになります。
その膨大な情報量を適切に取捨選択し、加工し、整理し、適切な意思決定を
するために非常に多大な工数が必要となってきます。
ところが、このA3資料は無駄な情報が徹底的に削ぎ落とされた文書になっている
ため、必要な情報が過不足なくA3資料に中に収まっているのです。
意思決定のための資料を新たに作成しなくても、このA3資料があれば、
意思決定のスピードは格段に上がり、しかも、判断を間違えることもないのです。
②目的の明確化によるぶれない判断基準
私たちが何かを判断しようとした時の判断基準は、そのものが、当初の目的に
照らし合わせた時、満足できているのかどうかが重要です。
そして、判断がぶれやすいのは、「これはそもそも何のためにやるのか」という
目的が曖昧な時に、その目的の解釈の違いによって起きる場合が多いという
ことを経験的に知っています。
ところが、このA3資料は最初にその目的について徹底的に議論しています。
A3資料に書かれている段階で、すでに目的は明確になっているのです。
したがって、その目的に沿って判断するわけですから判断基準もぶれるはずも
なく、判断そのものもぶれようがないのです。
2. まとめ
ここまで、「資料をA3用紙1枚にまとめる」ということの本当の狙いについて
述べてきました。
それは現在、「A3資料」について書かれている書物や文献は多いのですが、
「本当の狙い」についてほとんど書かれていないことから、実際に40年近く
携わってきた私が世に伝えるべきだと考えたからです。
ここに書いてきたように、「A3資料」には大きな可能性と有用性が秘められて
おり、業務マネジメントを考える時、様々な場面で活きてきます。
単なる紙の書式の問題ではなくて、「A3資料」を組織的にうまく活用できる
ようになれば、企業のいろいろな問題の解決に多大な寄与ができると思います。
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